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最高裁判所第二小法廷 昭和34年(オ)1216号 判決

上告人 岩井省三

被上告人 国 外三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人久保田[田夋]の上告理由一乃至四及び九について。

自創法による農地買収において、買収計画で定められる「買収の時期」があらかじめ、買収令書交付の日以後になるように定められることは望ましいことではあるけれども、右「買収の時期」より遅れて買収令書の交付せられることのあることは法の予想するところであること所論のとおりであつて、「買収の時期」より遅れて買収令書が交付されたからといつて、それだけで所論のようにただちに右買収処分をもつて違法のものとするいわれはない。

本件において、原審の確定した事実によれば、原判決添附別紙目録記載の二、三の土地は、不在地主たる上告人所有の小作地として、昭和二二年五月二三日右土地につき「買収の時期」を同年七月二日とする買収計画が樹立され、同年六月一〇日その公告がなされ、所定の手続を経て、昭和二四年三月三一日自創法九条一項但書に基き買収令書の交付に代えて公告が行われ、その頃「農林省のため所有権取得登記ありたるものと看做された登記がなされ、次いで右土地は被上告人若林に売り渡され、同人のため、前記二の土地については昭和二五年二月一八日、前記三の土地については、同年五月九日、それぞれ「昭和二二年七月二日自創法一六条の規定による売渡による所有権取得登記」がなされ、その後さらに、昭和三二年三月二三日附神ろ第二五五一号買収令書(買収の時期を昭和二一年七月二日とする)が同月二四日上告人に交付され現在に至つているというのである。

右事実によれば、「買収令書の交付に代えてした公告」はその当時遅怠なく行われ、これが有効であるとの前提の下に、買収計画において定められた「買収の時期」に本件土地の所有権が国国に移転し、次いで前示の経過で国からさらに被上告人に移転したものとして取り扱われ、その後被上告人神奈川県知事があらためて昭和三二年三月二三日附買収令書を翌二四日上告人に交付するに至るまで、右状態のまま経過したものであることは明らかである。そして、本件買収令書は所論のように「買収の時期」から一〇年を経過した後に上告人に交付されたとしても、右は右述の事実関係を前提として、当時遅怠なくされた「買収令書の交付に代えてした公告」に瑕疵があつたがため、これを補正し、法律関係を安定する趣旨においてなされたものであることは原判文上明らかであるから、すでに昭和三二年三月二三日附買収令書が上告人に交付された以後においては、右令書の交付が一〇年経過した後になされたとの一事をもつて、本件買収処分の効力を否定し、さらにその以前になされた一連の手続の効力をも否定せんとすることは相当でなく、右事実関係の下では、買収による所有権移転の効果は、買収計画において予定し、公告された「買収の時期」に遡つて生ずるものと解するのが相当である。なお、右事実関係の下では、初めになされた買収令書の交付に代る公告が事後の客観的法律判断において無効とされるものであるかどうかは、右判断に影響を及ぼすものではない。

また本件において昭和二二年五月二三日買収計画が樹立され、同年六月一〇日その公告がなされたことは原判決の確定するところであるから、前記の趣旨において昭和三二年三月二三日附買収令書の交付が自創法の規定に従つてなされたのは、農地法施行法二条一項一号の法意に沿う所以であつて、この点においても原判決に所論の違法はない。

よつて所論は、すべて採用のかぎりでない。

同五、六、七について。

前述のように、本件の事実関係の下では昭和三二年三月二三日附買収令書が交付された以後においては、遡つて「買収の時期」に買収目的地の所有権が国に移転したこととなり、従つて国から売渡相手方への売渡処分も遡つて有効化されたものと解すべきで あるから、現在においては、登記は権利関係の現状に符合するのみならず、その変動の経路にも符合することとなり、これを抹消すべきいわれはないものというべきである。また、登記原因が公法行為に基くものであるかどうかにより、右の結論を異にすべき理由はない。そして買収令書の交付に代る公告は、買収令書の告知方法の一つであり、本件においては、初めになされた買収令書の交体に代る公告は効力を生ぜず、後の買収令書の交付により一個の有効な買収処分の存在するに至つたものと解すべきであつて、所論のように、公告による買収処分と買収令書の交付による買収処分とが併存するものと解すべきではない。所論引用の判例はいずれも右判断と矛盾するものではなく、その他所論は、右判断に反する独自の見解を前提として原判決を攻撃するものであつて採用し得ない。

同八、 一〇について。

所論は原審の専権に属する証拠の取捨選択を非難するものであつて、採用のかぎりでない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 奥野健一)

上告代理人久保田[田夋]の上告理由

一、自作農創設臨時措置法の農地買収は買収計画の樹立から公告承認買収令書の交付に至る一連の行政処分であるが樹立、公告承認等は買収の前提たる行為であるに止まり買収令書の交付に依つて、はじめて物権的に所有権を移転する効力を生ずるものである。従つて買収計画の樹立、公告においても買収時期は令書交付の日後に予定して定められるべきで交付の日より以前に定めらるべきではない。(尤も買収計画に対する異議訴願、訴訟等により已むを得ず買収令書の交付が遅れた場合等特別の事情がある場合は格別であるが)単に行政庁の怠慢により令書の交付が買収の時期の十年後に行はれた如き場合は右令書の交付従つて買収は違法無効であり、所有権移転の効果を生じない。仮りに無効でないとしても違法であるから取消さるべきである。

原判決はこの点に関し、かかる場合でも一般に原則としては有効であつて、他に別段の事由あるときに限り無効に帰するものと解し本件において別段の理由が存しないで有効であると云ふ。(原判決第十三枚第三行以下)買収処分が計画の樹立から令書の交付に至る一連の行政行為であることから見て、計画及公告の買収時期の十年後に至つて何等特別の事由なく単に行政庁の過失怠慢によつて交付せられた場合を一般に無効とすべきは条理上明白であつて原判決は原則と特例とをとりちがへている。右は特別措置法の農地買収につき法令の解釈を誤つた違法あるものである。

二、買収令書の交付が公告に定められた買収時期から十年の後に(買収時期を十年前と定めて)行はれた場合は、単に令書の交付が無効であるばかりでなく其の以前の前提手続たる計画樹立公告、承認等一連の一切の行為もすべて無効に帰し買収そのものが無効である。蓋し計画樹立、公告、承認等は買収の効果を生ずるための前提行為たるに止まり独立の効果を生ずるものではないからである。のみならず十年に亘つて完成する行政行為と云ふものは容認せらるべきではないからである。若し然らずとすれば行政庁は国民の行政処分無効の訴に対し、何時にても例へば三十年後に至つても単に令書を交付することにより買収処分有効の主張をなし得るに至り三十年五十年に亘つて完成する行政処分を容認するに帰着すると云ふ非条理を生ずるに至るのである。(第一審昭和三二・四・一五、原告準備書面第四枚目表)原判決はこの点に関し判断を遺脱し又は法令の解釈を誤つた違法がある。

三、仮りに従前の計画樹立、公告等の前提行為の効力を保持し公告の買収時期の十年後に令書の交付をなし得るとしてもこの場合は令書の交付に際しては買収の時期は交付の日以後に改めて令書を交付すべきであつて、本件の如く買収時期を十年前と定めてなされた令書の交付は無効、従つて買収は無効と解すべきである。

四、仮りに買収時期を変更しないとしても「その効力は令書の交付と同時に将来に対し買収の効果を生ずる」(原判決第十三枚裏第六行)ものであるから売渡は其の以後においてはじめて行ひ得べきところで十年後の今日に至つては従前の売渡計画も無効に帰し従前の売渡計画に基いての売渡は不能である。蓋し売渡は売渡通知書の交付を為すことにより効力を生ずるものであるところ、臨時措置法廃止せられ現在の農地法施行後にあつては新農地法による外旧措置法によつては新に売渡通知書の交付による売渡をなすこと不可能であるからである。(農地法施行法第三条)

(大阪高裁判決、判例時報第四七号一一頁参照)而して売渡不能とすれば旧法の買収は単に国に所有権を取得するのみで、自作農創設の趣旨に反することとなり、結局買収も売渡も改めて新農地法によつてのみ行ひ得る次第で本件売渡も買収も共に違法無効に帰するものである。仮りに無効でないとしても取消さるべきである。(第一審昭和三二・四・一五原告準備書面第六枚表第八行以下)原判決は右上告人の主張に対し判断を遺脱した違法がある。

五、原判決は第二回の買収中二、及三の土地に関する部分は使用貸借による小作地であり、買収計画当時全部開墾されていたから違法とは云へないので取消さるべきではないとし、二、及三の土地の買収が有効になされた結果上告人は所有権を喪失し、かつ二、及三の土地の各登記は実体上の権利関係に合致するに至つたものであるから登記抹消及土地明渡は失当である(原判決第十五枚第五行以下)としている。然し乍ら原判決も認める如く、本件二、三の土地の所有権は昭和三十二年三月二十四日の買収令書の交付に依つて、其の交付の日から買収の効果を生じ所有権が移転したものであり公告に依る買収を原因とする農林省の所有権取得登記並に右買収を有効とし、当時行はれた売渡を登記原因とする被上告人若林の取得登記はすべて登記原因を欠くものである。登記が登記原因を欠いでいる場合でも其の登記が現在の権利の実状に適合していれば其の抹消を請求し得ないとの見解は一般私法上の行為を原因とした登記の場合には顧慮せられ得るとしても公法行為を原因とした登記についてはこの解釈に従ふべきではない。のみならず一般私法上においても偽造の書類に基いて為された登記は実体上の権利に適合する場合でも抹消さるべきであることは最高裁判所の判例とするところである。

(昭和29・12・17第二小法廷判決、民集八巻二一八二頁、昭和29・6・25第二小法廷判決民集八巻一三二一頁)且つ不動産の登記は単に権利の現状を公示するに止まらず不動産物権の経過を明にすることも亦其の制度の目的の一とするものである。(東高裁昭和31・9・18判決)ことから考へても無効の行政処分を登記原因とする登記の存する場合において抹消さるべきであり、たとへ権利の実情に適合していても本件公告に依る買収を原因とする登記の抹消請求は容認せらるべきである。右無効な公法行為を原因とする登記については最高裁の判例がなく私法上の場合においても前記判例に違反する判断である。

六、原判決は二及三の土地については第二回の買収により上告人は所有権を失つたものであるから第一回の買収につき、その買収の無効確認を求める法律上の利益はないとして上告人の請求を棄却した。(原判決第八枚六行以下)然し乍ら原判決も認める如く、第二回の買収の効果は昭和三十二年三月二十四日に発生するものであるから第一回買収と第二回買収の間は所有権は上告人に有するので、上告人は国の違法な処分により所有権の享受を失はしめられたのであるからこの間の損害につき国に対し損害賠償請求権を有し、又被上告人若林に対しては不当利得返還請求権を有するので第一回の買収の無効につき確認の利益を有する。

七 本件の場合においては公告による買収と令書の交付による買収と二個の行政処分が併存し行政処分の効果は何れの処分により効力を生ずるものであるが未確定でありかかる二重の行政処分の併存は行政処分の未確定、不安定の状態を生するものであるからかかる二重処分の事実自体が二個の処分のすべてを無効に帰せしめるものであるから第一回買収処分について無効確認の利益を有し、登記抹消請求の権利を有するものである。原判決はこの点に関し判断を遺脱し法令の解釈を誤つた違法がある。

八 原判決は丙第一号証ノ一、二、及被上告人の証言を以て上告人の代理人岩井さくが被上告人若林に対し本件土地の無償使用を承諾したと認定しているが、岩井さくの証言(第一審一、二回、原審第一回)に明らかな如くきくは伐採道具の保管、土地の見廻り管理等を若林に依頼したのみで、丙第一号の一、二によつても単に言葉をにごし所有者たる上告人の意志もあるので更に相談のため来訪を求めているだけで、右丙第一号証を以て使用貸借成立の証拠とすることは出来ず若林自身も自認する如く右きくの手紙に応じて訪問しても居らず(第一審若林証言記録三六九丁以下)且つ話合はついて居ないことは若林も自認するところである。

(前記証言記録三六九丁裏)加ふるに甲六号証の石川のはがき(二二年八月五日付)に依り直ちにきくは若林に対し不法開墾をなぢりついで甲五号証の内容証明郵便により小作契約なきことを明にして、立退方を請求している。

原判決は右きくの証言、若林の証言に拘らず丙第一号証を以て使用貸借の成立の証拠とし甲五号証を以て右使用貸借解除の意思表示としている。(原判決第十一枚第二行、第十二枚第四行)然し乍ら甲五号証は既に成立した使用貸借解除の意思表示でなく無断開墾を理由とし立退を通告する趣旨であることは文書自体に明白であつて、原判決は経験則に反し証拠なくして事実を認定した違法がある。

九、原判決は第一回の公告による買収が無効であることを認め第二回の交付による買収が有効であるとするのであるが、其の買収の効果は令書交付の日たる昭和三十二年三月二十四日に発生することを認めつつ、買収計画樹立は昭和二十二年五月二十三日であるから、右計画の日たる昭和二十二年五月二十三日以後に使用貸借を解除しても買収の効力に影響がないとしている。(原判決第十一枚第三行)この事は買収の効果は買収令書交付の日以後に生するけれども第一回の買収の前提たる公告等は第一回買収の無効によつても効力を持続し十年前に樹立せられた買収計画及その公告等は有効であるとの見解に立つものであうて、又買収の行政処分が十年の長年間に亘り得ると判断するものであり、右見解が誤りであることは前記一、及二、において指摘したところである。

十、原判決は二、及三の土地につき若林が全部開墾を終り耕作していたと認定(原判決第九枚裏終りから第二行以下第十枚表第二行)しているが昭和二十二年五月頃には二、及三の土地の内一部のみ開墾せられたのみで石川明は農地委員会に対し未墾地の山林であることを申出たところ、副委員長は山林でも買収出来るとして買収したことは明らかで(原番石川明証言第五項)昭和二十三年一月頃さへ三の土地の一個所に赤土が露出していた程度である。(原審馬場トミ証言第五項)又昭和二十二年十一月頃三の土地の一部三、四畝が開墾されていた(原審大久保新助第三項第十二項、大木平作第八項、田中孫治郎第三項、加藤幸作第二項)に過ぎない。

然るに原判決は前記本件に利害関係なき第三者の証言を措信せず単に被上告人若林の原審における証言「二十二年五月に全部(一の土地も含めて)開墾を了していた」との唯一の証言を措信し、かかる認定をなした。右認定は事実認定に関する経験則に反し不当不公平の判断である。

結論

原判決は前記十点の判断の遺脱、及法令の解釈適用に関する違法があるので破棄せらるべきである。

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